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高校の時に交換留学でアメリカのカリフォルニア州にいた時の話です。

ホストマザーとドライブ旅行に行こうということになり、2人でカリフォルニア、ネバダ、アリゾナを周る旅をしました。

カリフォルニアとネバダの州境に渡って存在するデスヴァレーは砂漠なので気温も高く、それまではコカ・コーラを飲んでいたけれど砂漠に入ってからは「とにかく水を飲みなさい」と、ホストマザーから水を渡されていました。

別に車から降りて歩いたわけではありませんが、車の中であっても、多めの水を飲むことが砂漠では重要とのことでした。

デスヴァレーを見て周り、さて、今からラスベガスの宿に向かおうと車で走り出した時のことです。

ガソリンがかなり少ないことに気付きました。

しかしここは砂漠。

そこからどのくらい走れば次のガソリンスタンドがあるかなんて分かりません。

2時間に1度くらい警察がパトロールに回ってくるようですが、街灯なんて本当にない、真っ暗な砂漠で車がガス欠でも起こしたら大変です。

日も落ち、車のライトを付けても見えるのは真っ暗な地平線だけで、特に明かりは全く見えませんでした。

ケータイも通じませんので、もしガス欠が起これば、警察に見つけてもらうまで待機ということになりますし、水には余裕がありましたが、だからいいというものでもありません。

野ネズミや野ウサギを横目に法定速度内で車を走らせ、今度は段々2人ともトイレに行きたいと思うようになりました。

しかし明かりもない中、トイレはありません。

ガソリンスタンドと同じく、トイレがどこにあるかも分かりません。

もちろん誰もいないわけですから、車を止めて砂漠のど真ん中で用を足しても誰からも怒られたりはしない(そればかりか、そうする人は多いはず)のですが、車を止めてまた走り出したらその分のバッテリーとガソリンが無駄、という意識があり、とにかく車を走らせました。

ガス欠が起きても別に死ぬわけではないので、決して2人とも切羽詰まっていたわけではありません。

むしろ笑いながら「もしガス欠が起こったらどうする?」という感じでした。

しかし、段々トイレに行きたい気持ちは強くなり、もうガソリンスタンドはいいから早くトイレに行きたいという気持ちになり、ガス欠よりも漏らしたらどうしようと考えていました。

そこまで思うならなぜ車を止めて用を足さなかったのか、今となっては少し謎ですが、ガソリンも本当にヤバかったんです。

既にガソリンの量を指す針はEmptyのEの上に来ていたんです。

明かりが全く見えない砂漠の中では少しでも無駄なガソリンは使いたくないと必死でした。

そしてそんな中、2時間ほど出口の見えない砂漠の道を走り、とうとう小さな明かりを見付けました。

もちろんそれはガソリンスタンド!

2人で大喜びしながらガソリンスタンドにかけこみ、私は真っ先にトイレに走った気がします。

ホストマザーがトイレとガソリンのどちらを優先させたかははっきりとは覚えていませんが、確かトイレだったんじゃないかな、夜で特にお客さんもいなかったし、車をガソリンスタンドに止めてトイレに走っても、特に問題はなかった気がします。

小さなレストランが付随したガソリンスタンドでした。

おかげで私たちはトイレにも間に合い、ガス欠にもならず、また、食べ物にもありつけたのです。

もうガス欠よりもトイレ!

でもガソリンは無駄にしたくない!

の一心だったので、どちらも間に合い、本当に安心した記憶があります。

その後も、このトイレを我慢し、ガソリンの心配をしながら2時間砂漠の夜道を走ったことは良い思い出となり、今でもホストマザーと「あの時こうだったよねー」と話をしています。

ドライブにはいろいろな危険があると思いますが、ガソリンはできる時にしっかりと補給し、また、精神衛生上、トイレには行ける時に行っておいた方が良いと思います。